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03/01(thu)07:08わらし ) 女子中?   …といえば
http://buzzap.net/images/2018/02/28/jaycee-net-kaiken-hasumi/01_m.png
http://buzzap.net/images/2018/02/28/jaycee-net-kaiken-manga/5.png
https://pbs.twimg.com/media/DXH_YY6UQAIzwNc.jpg
https://pbs.twimg.com/media/DXIP77pUQAIg07L.jpg

03/01(thu)07:50わらし ) 世界保健機関(WHO)が推奨する「夜8時間睡眠」   …といえば
8時間未満のアスリートは
疲れやすい。6時間未満だと、疲労に達する時間が10〜30%早まる。
睡眠 6'45" の成人は、医療の助けなしには60代前半までしか生きられない。
5時間未満で車を運転すると、事故に遭う確率は 4.3倍。
その状態で4時間以上運転すると、事故に遭う確率は11.5倍に。

03/01(thu)07:59わらし ) PKI 基盤 やりなおし 基盤   関連記事
H.29以降、e-tax に電子証明書の発行が必要
https://tanu3.xsrv.jp/afiri8/news/mynumber-card-e-tax.html

スマートフォン向けの対応基準が作られたのが2016年11月
https://tanu3.xsrv.jp/afiri8/news/mynumber-card-e-tax.html
マイナンバーカードに組み込まれている
電子証明書をe-Taxに登録する必要があります

免許証コピー添えて郵送なら
写真入りマイナンバーカードまで作る必要ねー
なのだが...

電子申告の場合、社会保険などの
 【支払い証明書が添付省略可能】

PKI まじ。めんどくさい 住基カード廃止で e-tax 使えない
https://tanu3.xsrv.jp/afiri8/news/mynumber-card-e-tax.html
住民基本台帳カードと電子証明書の交付終了==利用者識別番号も使えない
利用者識別番号も使えない→電子納付の Pay-easy(ペイジー)も使えない

はがきのQRコードを読み取り発行申請サイトへ
個人番号等を入力して
スマホ写真で大丈夫


2016年暮れから Android bluetoothで
マイナンバーカード読み取りできる機種も
AQUOS EVER SH-02J SH-02J
AQUOS U SHV37 SHV37
arrows F-01J

https://www.jpki.go.jp/prepare/pdf/nfclist.pdf
マイナンバーカードに対応したNFCスマートフォン一覧

ネットで申告できるならパソコン開いて申告書作ったら、
後はポチっとボタンを押すだけだろう・・・って思いますよね。
https://shokonoaruie.com/e-tax/
全然違いますよ。
e-Taxを利用するためには、次の手続きが必要です。

電子証明書の取得
開始届出書の提出
利用者識別番号の確認
各種ソフトのインストール


大日本印刷が製造し日立が納入したカードに不具合が見つかり、交換

東芝が製造したカードに搭載されているソフトウェア(公的個人認証用)に不具合
256回に1回の確率で正しい署名が生成されない

NTTコミュニケーションズが納入したカードに搭載されているソフトウェア(公的個人認証用)に不具合
3万2769回に1回(約215回に1回)の確率で認証に失敗する

03/01(thu)15:52わらし ) だれがいつどの予算と知恵で?... ヌーフの方舟 ...   関連記事
https://www.youtube.com/watch?v=oHwconqB0A4
旧約聖書の『創世記』(6章-9章)

アダムとイブの三男・セトの子孫
https://bushoojapan.com/tomorrow/2016/02/17/70235
『ノアが600歳のときの2月17日』
40日40夜の大雨で大洪水

03/01(thu)16:11わらし ) iPhone X for only 5 €   関連記事
How people in United States get the new iPhone X for only 5 €
first-news.co
「最初はインターネット上の別の詐欺だと思っていましたが、
何らかの調査を行い、Organizejobsが
正当なマーケティング会社であることがわかりました。
とにかく!3日後。。。
http://first-news.co/iphonex/dollar/?ref=uprealtime.com&action=view&encrypt=TRfRPbvM3pewsB4X6v9xMYE0sdjYztvhSalSQfS60i1gATQ&c=24329&utm_source=revc&utm_medium=cpa&utm_campaign=v2i&site=WEBtopic_51096_2726262_editorial_news

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えさ奪われるよ
https://twitter.com/myuutasu/status/967292897593761792?s=04

03/01(thu)16:28わらし ) アムロ ... AMLO 南米ほぼすべての大統領選で   …といえば
糸を引いていたのは、私です
「すべての大統領選の裏で 糸を引いていたのは、私です」
南米の伝説のハッカーが塀のなかから独占告白!

KODANSYA クーリエ・ジャポン
https://courrier.jp/news/archives/62412/

2016/09/14 Text by Jordan Robertson, Michael Riley, and Andrew Willis
From Bloomberg Businessweek (USA)
ブルームバーグ・ビジネスウィーク(米国)より

近年、南米で行われたほぼすべての大統領選で
ハッキングを行ったアンドレ・セプルヴェダ。
こう見えてまだ31歳

「現代において、ハッカーが
関与していない選挙などない」

──おそよ10年もの間、南米の数多の
選挙を影で操ってきた天才ハッカーが、初めてメディアの取材に応じ、その
手口を赤裸々に語った。
対立候補のコンピュータに侵入して徹底的に恥部を暴きだし、
架空のSNSアカウント集団を使って虚構の政治ブームを作り出す

──彼の華麗なるサイバーテクニックの前には、
「真の民主政治」などもはや幻想でしかないのだろうか。

南米でもっとも腐敗に満ちた選挙の「黒い秘密」を知る男

2012年7月、エンリケ・ペーニャ・ニエトが
メキシコ第57代大統領の座を勝ち取ったのは、
ちょうど真夜中に差しかかる頃だった。

ペーニャ・ニエトは州知事や市長などを
輩出する政治家ファミリーの出身。
元弁護士で、億万長者で、妻は連続テレビドラマに出演するスターだ。
所属政党である制度的革命党(PRI)の本部で、
彼は、赤、緑、そして白のペーパーシャワーを
浴びながら勝利に酔いしれていた。

PRIは2000年に野党に退くまで、
70年間メキシコの政治を支配してきた。
ペーニャ・ニエトの大統領就任によって、
実に12年ぶりに政権の座に返り咲くことができたのだ。

端正な顔をほころばせながら、
ペーニャ・ニエトは麻薬による暴力を沈静化し、
腐敗した政治体制を根本から改革することなどを誓った。

そこから約3200km離れた、コロンビアの首都ボゴタのチコ・ナバラ地区。
上流階級が暮らすこの地区のアパートの1室で、アンドレ・セプルヴェダは
6つのコンピュータスクリーンを睨んでいた。

コロンビア出身のセプルヴェダは、体格がよく、
スキンヘッドで、口の周りから顎先にかけてひげを蓄えていた。
後頭部にある、暗号化キーが含まれたQRコードのタトゥーが彼の
トレードマークだ。
そして首筋には、
</head>と<body>というタグが刻まれている。

セプルヴェダの後頭部には、QRコードとコーディングのタグが刻まれている
PHOTO: JUAN ARREDONDO

彼は、選挙結果の公式発表を待ちながら、
ペーニャ・ニエトの所属するPRIの中継を見ていた。
そしてペーニャ・ニエトの勝利を確認すると、
セプルヴェダは“証拠”を破壊しはじめた。

彼は、USB、ハードディスク、携帯電話に
ドリルで穴を開け、ショートした回路を
電子レンジのなかに放り投げてから、ハンマーで叩き割った。
それから切り裂いた書類をトイレに流し、
ビットコインを使って匿名でレンタルしていた
ロシアとウクライナにあるサーバーを消去した。

彼は、南米で近年もっとも腐敗に満ちた
選挙戦の「黒い秘密」をたった1人で解体していたのだ。

現在31歳になるセプルヴェダはおよそ
10年もの間、南米の選挙の大規模なハッキングを統率してきた。
ペーニャ・ニエトが出馬した大統領選のときに積まれた
“予算”は60万ドル(約6000万円)。
これまでセプルヴェダが関わったもののなかでも、もっとも複雑で大がかりな仕事だった。

まず、彼は自ら結成したハッカーチームを率いて対立候補の選挙戦略を盗みだした。
そして、ソーシャルメディアを巧みに操り、あたかもペーニャ・ニエトに熱い支持が集まっているかのような虚構の熱狂をオンライン上に作り出したのだ。

さらに、対立候補陣営のコンピュータにスパイウェアをインストール。

すべてはペーニャ・ニエトを勝たせるためだった。

首尾よくペーニャ・ニエトが勝利した夜、セプルヴェダはコロン・ネグラのビールで祝杯をあげた後、その瓶を叩き割った。

選挙の夜は、いつも孤独だった。

ハッキングは独裁ほど非道ではない
セプルヴェダのハッカーとしてのキャリアは、2005年にはじまった。

その頃の仕事は大それたものではなく、ほとんとが選挙用ウェブサイトの改ざんと、対立候補に資金提供をする者のデータベースへの侵入だった。

だが数年後にはハッカーチームを結成し、南米の大統領選挙の裏でスパイ行為やデータの盗用、誹謗中傷などをおこなうようになった。

彼に対する報酬は安くはなかったが、提供するサービスはお墨付きだった。

たとえば月額1万2000ドル(約120万円)払えば、スマホのハッキング、偽のWebサイトの作成、大量のスパムメールの送付などの仕事を依頼することができた。

月額2万ドル(約200万円)の「プレミアムパッケージ」には、これに加えて
通信遮断やサイバー攻撃、暗号解読、そしてハッキング対策までが含まれる。

報酬を決済する際には、仲介者とコンサルタントを通して注意深くマネー・ロンダリングがなされた。
セプルヴェダはごく限られた関係者にしか会わなかったので、彼がサポートした多くの候補者はセプルヴェダの存在すら認識していなかったという。

セプルヴェダが結成したハッカーチームは、ニカラグア、パナマ、ホンジュラス、エルサルバドル、コロンビア、メキシコ、コスタリカ、グアテマラ、そしてベネズエラと、中南米のほぼすべての国の大統領選挙に関与した。

彼が子供の頃、コロンビアでは左翼ゲリラ「コロンビア革命軍」(FARC)の抵抗による内戦が長きにわたって続いていた。
その影響から、彼は右派に傾倒するようになった。

また、セプルヴェダは独裁政治も憎んでいた。
「ハッキングは、ベネズエラのウゴ・チャベスやニカラグアのダニエル・オルテガのような独裁者がやっていることほど非道ではない」と、セプルヴェダは心から信じている。

セプルヴェダは、21世紀の南米の政治にもっとも大きな影響を与えた人間である──そういっても過言ではないほど、彼の仕事は素晴らしい“成果”を挙げた。

「私の仕事は、偽の情報や噂を流し、民衆の心理を操作すること。

政治には誰もが知ることのない、『闇の側面』が存在すると思われています。
ところが、私の持つ能力を使えば、それを“誰でも知ることができるもの”に変えることができるのです」

警備の厳重なコロンビアの検察当局の中庭で、プラスチック製の小さなテーブルに深く腰かけながら、彼はスペイン語でこう語る。

セプルヴェダは、2014年に行われたコロンビアの大統領選において、違法ソフトウェアの使用、個人情報の侵害、諜報活動をおこなった罪で逮捕され、現在懲役10年の刑に服している。

彼は今回初めてメディアの取材に応じ、南米の大統領選におけるこれまでのハッキング行為を告白した。

この記事を読んだ読者が、彼の減刑を支持してくれることを期待しているのだ。

南米の「影の大統領」に心酔

ジョージ・W・ブッシュ元大統領の右腕だった政治コンサルタント、カール・ローヴは、その影響力の強さから当時「影の大統領」と呼ばれていた。

もちろんここ南米にも、「カール・ローヴ」は存在する。
マイアミで政治コンサルタント業を営むフアン・ホセ・レンドンだ。

セプルヴェダの名は、レンドンの会社の従業員名簿に載っている。

だが、レンドンは、セプルヴェダを雇用して違法行為をおこなっていたことを完全に否定し、本誌にこう語った。

「もし、私が彼と話したことがあるとすれば、ウェブサイトのデザインをお願いしたときでしょうか。

選挙の際、依頼者のために対立候補のネガティブキャンペーンをすることはもちろんありますが、好きでやっているわけではありません。

私は聖人ではありませんが、罪人でもないのです」

2005年、セプルヴェダの兄は当時のコロンビア大統領アルバロ・ウリベの広報担当として、連邦議会選挙の手伝いをしていた。

コロンビア第58代大統領アルバロ・ウリベPHOTO: HELENE STIKKEL

2002〜10年に在任したコロンビア元大統領アルバロ・ウリベ
PHOTO: HELENE STIKKEL

兄にとって、ウリベはヒーローだった。

そこでセプルヴェダは兄のために、与党本部の事務所内の無線ネットワークをスキャンし、いとも簡単に選挙参謀だったレンドンのコンピュータにアクセスして、ウリベの仕事のスケジュールや次の演説などをダウンロードしてみせた。

セプルヴェダはこれが兄の手柄になると思っていたのだが、実情を知ったレンドンは激怒し、その場で兄を解雇した。

だが、セプルヴェダとレンドン2人の縁はここからはじまった。

南米の選挙の歴史は、腐敗の歴史でもある。

「真の勝利」などというものは昔から存在しなかったし、不正の方法は非常にわかりやすいものだった。
たとえば、候補者が有権者を電化製品や現金などで買収するするようなことは、当たり前におこなわれていた。

しかし1990年代に選挙改革が起きて、こうした不正が取り締まられるようになった。

投票結果が改ざんされないよう、有権者には不正開封を防止するためのIDカードが発行された。

また、無所属の団体から出馬する候補者も登場。
近代化されたクリーンな選挙がついに南米でもはじまった──世界中がそう信じた。

だが、レンドンは南米の選挙を裏で巧みに操りはじめていた。

レンドンがセプルヴェダに初めて依頼した仕事は、ウリベの対立候補のウェブサイトに侵入し、メールアドレスのデータベースを盗みだして、虚偽のアカウントでスパムメールを送りつけることだった。

彼はこの仕事によって、1ヵ月で1万5000ドル(約150万円)も稼いだ。
それは当時働いていたウェブデザイン会社の給料の5倍に当たる額だった。

レンドンは、複数の高級車を所有し、派手な時計を身につけ、仕立ての良いコートに何千ドルも費やしていた。
また、彼はセプルヴェダと同様に完璧主義者で、スタッフは全員、不眠不休で働かされた。

セプルヴェダは、そんな彼に憧れた。
レンドンを天才だと心酔し、メンターとして崇めていた。

彼は当時をこう振り返る。

「あの頃の私は若かった。
自分のやりたいことをやって、高額の給料をもらい、よく旅にも出ました。
自分は、最高の仕事をしていると思っていました」

南米の「影の大統領」レンドンのウェブサイト。
2014年には、当時のエルサルバドル大統領カルロス・マウリシオ・フネスに「南米の大統領選を腐敗させている」と非難されたが、逆に名誉毀損でフネスを訴えた

南米の「影の大統領」レンドンのウェブサイト。
2014年には、当時のエルサルバドル大統領カルロス・マウリシオ・フネスに「南米の大統領選を腐敗させている」と非難されたが、逆に名誉毀損でフネスを訴えた

レンドンのウェブサイトには、彼が敬虔な仏教徒で武道の実践者であると書かれている。
彼はときどき着用する侍の装束を含め、人前では常に黒い服を身にまとい、自らを「もっとも有能で高給取りの政治コンサルタント」と呼んでいた。

セプルヴェダも、そんな存在になりたいと願っていたのだろう。


● ツイッターアカウントの“軍隊”を指揮

レンドンはあるときセプルヴェダに、「ハッカーによる中傷キャンペーンや、対立候補へのハッキング、投票率の操作は完全に現代の選挙戦略の一部だ」と語ったという。

セプルヴェダも、テレビや新聞に出てくる専門家の言葉より、ソーシャルメディア上でのリアルで自然な表現に有権者は魅了されるのだということに気づいていた。

だが実際には、SNSのアカウントは安く偽造できるため、オンライ上でトレンドを捏造することなどたやすい。

セプルヴェダは、SNSのアカウントの名前やプロフィール写真、経歴を必要に応じてすぐに変更することができるソフトウェアを開発。
彼はこれを、「ソーシャルメディア・プレデター(略奪者)」と名付けた。

これを使えば、チェスボードの駒を動かすように、公のデータベースを操ることもできる。
セプルヴェダは偽のツイッターアカウントによる“軍隊”を指揮しながら、こう確信するようになったという。

「人々は、現実以上にオンライン上で起きていることを信じる──それがわかったとき、私には大衆にどんな嘘でも真実だと思わせる力があると気がづいたのです」

新しい仕事をはじめる前、たいがいレンドンはセプルヴェダに直接会って内容を説明したという。

レンドンはまず彼にターゲットの名前、メールアドレス、電話番号が書かれた1枚の紙を渡した。
セプルヴェダはホテルまでそのメモを持ち帰り、暗号化ファイルにデータを入力したら、それ燃やしてトイレに流していたという。

2人がメールを交わすときには、暗号が使われた。

「caress」(愛撫)は攻撃することを意味し、「listen to music」(音楽を聴く)はターゲットの通話を傍受することを意味した。

2人は一緒にいるところを誰かに見られないように常に気を配り、2ヵ月おきに通信の暗号化パターンが変わる電話で連絡を取り合っていた。

すべての作業は順序立てられて進められ、終了すると跡形もなく抹消された。

セプルヴェダは、作業中に用いたデータを色で分類していた。

「赤」のフォルダには、関与したすべての者を刑務所送りにできるような、超極秘データが保存されていた。

傍受したメールや電話での通信、ハッキングの対象者リスト、密会の内容などだ。
保存したUSBやハードディスクは、役目を終えるとすべて物理的に破壊された。

「黄色」のフォルダはそれよりは若干、重要度が落ちる。
出張の予定、経費計算のエクセル、資金調達のプランなどだ。
選挙の1週間後には、そのデータも消去された。

セプルヴェダは、たいてい依頼ごとに南米中からハッカーを集め、7人から15人のチームを作った。

彼によれば、ハッカーたちにも出身国によって特徴があるという。

ブラジル人は、最高のマルウェアを作ることができる。
ベネズエラ人とエクアドル人はスキャンシステムと、ソフトウェアの開発に長けている。
アルゼンチン人の盗聴の技術は芸術的。
メキシコ人には優秀なハッカーが多いが、喋りすぎきらいがあるという。

1つの仕事は2〜3日から、ときには数ヵ月にも及んだ。

2010年のホンジュラスの大統領選では、候補の1人ポルフィリオ・ロボ・ソサのコンピュータシステムと通信を対立候補のハッカーから守った。

グアテマラでは、右派の国民進歩党(PAN)の依頼を受けて、6人の政財界の大物を盗聴し、機密情報を横流しした。
だが、PANはこの事実を否定している。

ニカラグアでの標的は、2011年に3度目の大統領選に挑んだダニエル・オルテガだ。
セプルヴェダはオルテガの妻ロザリオ・ムリーリョと、政府の広報官のメールアカウントに侵入し、個人情報と機密情報を盗んだ。
その結果オルテガは再選を逃した。

ニカラグアの大統領を2度務めたダニエル・オルテガPHOTO: FERNANDA LEMARIE

ニカラグアの大統領を2度務めたダニエル・オルテガ
PHOTO: FERNANDA LEMARIE

2012年のベネズエラの大統領選では、長年権力の座に君臨する独裁者ウゴ・チャベスへの嫌悪感に駆られてハッキングをおこなった。

ベネズエラで14年間大統領を務めたウゴ・チャベスPHOTO: DILMA ROUSSEFF

ベネズエラで14年間大統領を務めたウゴ・チャベス
PHOTO: DILMA ROUSSEFF

彼は当時の国民議会議長で、麻薬密輸組織との黒い関係が取り沙汰されていたチャベス派のディオスダド・カベージョのメール履歴をくまなく洗い出した。
そして、それらを動画にまとめてユーチューブに投稿し、世間を騒がせた。



また、彼は「アノニマス」やほかのハクティビストたちと協力して、チャベスのウェブサイトにサイバー攻撃を仕掛けた。

レンドンは、そのときのセプルヴェダの“活躍”を、2012年9月9日のメールでこう称賛した。

「君は面白い男だ!」

ベネズエラの大統領選の2週間後、セプルヴェダはレンドンに、あるメールを送った。
それには、チャベスのウェブサイトにどうやって侵入して自由自在に操ったかを解説するスクリーンショットが添付されていた。

レンドンはこれらのやりとりをすべて否定しているが、セプルヴェダは添付されたスクリーンショットのほか、レンドンとの膨大な数のメールのやりとりを私たちに見せてくれた。

なかには、ハッキングしたことを意味する「Owned!」などのハッカー用語とともに、彼がこれまでハッキングした政府のウェブサイトがずらりと記載されたリストもあった。

レンドンは「こんなものはでっちあげだ」と反論。

だが、あるコンピュータセキュリティ会社に分析してもらったところ、このメールは実際にやりとりされたものに間違いないという。

チャベスは大統領選に勝利したものの、5か月後に癌で死亡した。

その結果、副大統領を務めていたチャベス派のニコラス・マドゥロが後継者の指名を受けて政権の座に就いた。

マドゥロの就任挨拶の前日、セプルヴェダは彼のツイッターアカウントをのっとって、彼が選挙違反をしたことを示唆するツイートを投稿。

これによって生じた国民の混乱を収めるため、ベネズエラ政府は国内のインターネットを20分間遮断した。

「架空の政治ブーム」「戦略の盗用」「深夜の大量イタ電」で掴んだメキシコでの大勝利

冒頭に紹介した2012年のメキシコの大統領選では、セプルヴェダの天才的な技術とレンドンの手段を選ばない集票能力がいかんなく発揮された。

当時の大統領フェリペ・カルデロンと与党である国際行動党(PAN)の政権下では、メキシコは麻薬カルテルの暴力に苦しみ、誘拐、路上での暗殺、斬首などが日常化していた。

そこで、野党に転落していたPRIは、知事時代に大きな成果を挙げた若きペーニャ・ニエトを候補者として擁立。

第57代メキシコ大統領ペーニャ・ニエトPHOTO: CHATHAN HOUSE

第57代メキシコ大統領ペーニャ・ニエト
PHOTO: CHATHAN HOUSE

セプルヴェダは、治安の劣悪なメキシコでは働きたくなかった。

しかしレンドンは、「小旅行みたいなものだ」と彼を説得。
それに負けて、2008年からプライベートジェットでメキシコに通うようになっていた。

セプルヴェダは、うだるように暑いタバスコ州に拠点を構え、麻薬カルテルとのつながりが判明した政党のリーダーを次々にハッキングしていった。

セプルヴェダと彼のチームは、ペーニャ・ニエトのために“闇のサイバー技術”を駆使した。

メキシコは当時、事実上の3大政党制で、ペーニャ・ニエトは右派と左派両方の対立候補と対決しなければならなかった。

右派のPANからはジョセフィーナ・バスケス・モタが、左派の民主革命党(PRD)からは前メキシコシティ市長であるアンドレス・マヌエル・ロペス・オブラドールが出馬。

期日前投票ではペーニャ・ニエトがトップを獲得したが、セプルヴェダは、念には念を押すことにした。
彼は、PRDのロペス・オブラドールの本部に設置されているルーターにマルウェアをインストールし、ネットワーク使用者のコンピュータと携帯に侵入した。

PANのバスケス・モタにも似たような手口を使った。

彼女のスピーチライターが施政方針演説を書くためにキーボードを叩いたそばから、セプルヴェダはその内容をチェックした。
さらに、会議や遊説スケジュールなども実施される前からすべて把握していた。

ハッキングのためなら、セプルヴェダは金に糸目をつけなかった。

あるときは、スマホの盗聴が簡単にできるロシア製のソフトウェアに5万ドル費やし、完璧なツイッターのアカウントプロフィールを作り上げるためにも大金をつぎ込んだ。

セルプベダは何千ものSNSの架空プロフィールを管理していて、それを使ってペーニャ・ニエトの麻薬撲滅計画に関する議論が、あたかもオンライン上で盛り上がっているかのように演出した。

彼は仕事のたびに、だいたい3万くらいのツイッターのボット(自動投稿)を作り、トレンドを生み出してきたが、今回も同じだ。

それを見て、本物のユーザーたちがついてくれば、願ったり叶ったりである。

また、セプルヴェダは、ある候補者のスタッフのメモによって、景気が選挙を大きく左右することを知った。
そこで、「ロペス・オブラドールが選挙に勝つと、ペソが下落する」とツイートして人々の不安を掻き立てた。

セプルヴェダの手は、候補者本人だけでなく支援者の手にも及んだ。

知事選を控えたハスリコ州で選挙戦当日の午前3時、有権者数万人の電話が鳴った。
それは、左派の州知事候補のエンリケ・アルファロ・ラミレスへの投票を懇願する内容だった。
これに有権者は激怒し、その結果アルファロは僅差で敗北。
この電話を仕掛けた者こそ、セプルヴェダだった。

タバスコ州の知事選において、PANは保守的なカトリックの候補者ジェラルド・プリエゴを擁立。
するとフェイスブック上で彼を熱烈に支持するゲイの男性が現れ、プリエゴは支持層を失った。

これもセプルヴェダによって仕組まれたことだったと後から知ったプリエゴは、「やっぱり、何かおかしいといつも疑っていました」と感想を漏らした。

ペーニャ・ニエトの勝利を決定づけたのは、ロペス・オブラドールの不正を暴いたある動画だった。

彼の政治コンサルタント、ルイス・コスタ・ボニーノが選挙活動のためにと、ある人物に6億ドル(約600億円)の資金提供を要求した様子を捉えた動画が流出したのだ。

それがきっかけとなり、ペーニャ・ニエトの支持率は急上昇。

セプルヴェダはその動画の出所については多くは語らなかったが、コスタ・ボニーノの通信を1ヵ月間傍受していたことは認めた。

コスタ・ボニーノは、事件の数日後に選挙戦を離脱。
だが、涼しい顔で次のようなコメントをくれた。

「監視されてることは知っていたので、対抗勢力に電話を盗聴されていてもいまさら驚いたりはしません。

選挙運動中、私が電話で話したことはすべて敵に聞かれていると思っていますから」

セプルヴェダの手柄によってペーニャ・ニエトはみごとに大統領の座についた。
この間、何者かがセプルヴェダ殺害を企てたこともあり、レンドンのセキュリティ・チームの保護のもと、装甲車のなかで一夜を過ごしたこともあった。

ペーニャ・ニエトとPRIは、レンドンの選挙運動への関与を全否定。
だがレンドンは、2000年の8月から16年もの間、PRIの候補者のために選挙戦に関わっていたと証言する。



● コロンビアで尽きた命運

2012年、アルバロ・ウリベの跡を継いで
コロンビア大統領に就任したフアン・マヌエル・サントスは、
50年にわたる内戦に終止符を打とうと
左翼ゲリラFARCとの和平交渉を再開した。

現在2期目を務めるコロンビア第57代大統領PHOTO: WILSON DIAS ABR

現在2期目を務めるコロンビア現大統領フアン・マヌエル・サントス
PHOTO: WILSON DIAS ABR

父親をFARCに殺害されたウリベはこれに激怒し、反和平交渉派のオスカル・ イバン・スルアガを擁立。

サントス側に付いていたレンドンは、セプルヴェダにもこちらの陣営のために働くよう要請したが、彼はそれを断った。

セプルベタも、子供の頃からFARCを憎んでいたからだ。

むしろセプルヴェダはサントス側についたレンドンを、理念よりも金を選んだ「裏切り者」と見なした。

セプルヴェダにとって政治的理念こそがもっとも重要なものであり、金はその二の次だ。
もし彼が金持ちになりたければ、企業でもハッキングしていたほうがよっぽど効率がいい。

そのとき彼は初めて、「メンター」に刃向かうことにした。

03/01(thu)16:38わらし ) 米国民をたぶらかし、蒋介石とスターリンに莫大な軍事援助を   …といえば
与え、
日本に戦争をしかけ、
世界に惨劇をもたらした

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